東京高等裁判所 昭和40年(ネ)532号 判決
控訴人等は、東京地方裁判所が同庁昭和三七年(ワ)第一〇、一九三号所有権移転登記等抹消請求事件について昭和四〇年二月一九日に言渡した判決を不服として本件控訴を提起したが、右判決が控訴人等の控訴代理人に対して送達された日が同月二三日であり、本件控訴状受付の日が同年三月一二日であることは記録上明らかであるから、本件控訴は法定の控訴期間経過後に提起された不適法のもといわざるを得ない。
もつとも控訴代理人は、当事者の責に帰すべからざる事由により法定の控訴期間を遵守することができなかつた場合であるとして追完を申立て、その理由を左のとおり主張する。即ち、
本件第一審判決は昭和四〇年二月一九日に言渡され、右判決正本は同月二三日東京地方裁判所から控訴人等の訴訟代理人たる弁護士田中耕輔宛に東京弁護士会館送達部に送達され、さらに同月二五日頃右送達部から東京都墨田区江東橋三の四の同代理人の法律事務所宛普通郵便で転送されたので、同所において、同代理人の事務員山口和文がこれを受取つて保管していたところ、同日午後三時頃右山口は右送達書類を入れたかばんを所持して東京都港区芝田村町五の一六の田中弁護士連絡事務所に赴いたが、入室と殆んど同時にてんかんの発作を起こして床上に転倒し、その際頭部を強く机に打ちつけて意識を失つた。然し約二〇分後に一応意識を取戻したので居合わせた者が山口を自動車に乗せて新宿のアパートに向う途中同人は再び意識混濁の状態に陥り、同日午後五時頃渋谷区代々木一丁目六番地今本病院に入院した。ちようどその時山口の友人である石原桂次が同病院に来合わせ、山口のアパートより寝具を病院に搬入すべく右アパートに赴いたが、その際、前記送達書類を入れた山口のかばんをアパートに送り届けた。一方控訴代理人は、同月二五日午前中の東京地方裁判所刑事部における弁論終了後事件打合せのため熱海、沼津に出張し、同月二七日夜自宅に帰着したが、その後同年三月一〇日控訴代理人の職印一個が見当らないのに気付き、前記石原をして山口の所持品を調査せしめたところ、前記かばん在中の法律書にはさまれて本件原判決正本の存するのが発見された。その報せを受けて驚いた控訴代理人は直ちに裁判所に右正本の送達日時を照会した結果、既に本事件の控訴期間は同月九日を以て満了している事実を知らされた。然し右の如きは控訴代理人の全く予期せざる事態であつて、不可抗力による期間経過というべきであるから、同月一二日訴訟行為の追完を申立てると同時に本件控訴を提起したものである。(なお山口は現在も入院中で病状は余り芳しくない。)というにある。
よつて判断するに、訴訟行為の追完は当事者がその責に帰すべからざる事由によつて不変期間を遵守することができない場合において、その事由の止んだ後一週間内に限りなし得べきものであるところ、これを本件についてみるに、仮りに控訴人等の原審訴訟代理人である、弁護士田中耕輔が前掲主張の如き経過により、原判決正本の送達されたことを知らなかつたために控訴人等が法定の控訴期間を遵守することができなかつたとしても、一件記録によれば、同弁護士は控訴人等の訴訟代理人として昭和三九年一二月五日午後二時三〇分の原審最終口頭弁論期日に立会い、同日指定された昭和四〇年一月二二日午後一時の判決言渡期日が延期されて追つて指定となつた後、同年二月一六日に同月一九日午後一時の判決言渡期日の呼出状を東京弁護士会館送達部において適法に送達を受けているのであるから同代理人としては予て本件につき右期日に判決が言渡さるべきことを知つており、従つて右言渡の上は早晩判決正本が同人に送達されることも当然予測していたものというべきである。それ故事務員山口和文が本件原判決正本を受取つた日に発病して意識を失い、同代理人もその日出張し不在であつたとしても、同月二七日には既に自宅に戻つているのであるから、訴訟代理人たる者の職責として当該の事態に鑑み、その後遅滞なく適当な方法によつて右判決正本送達の有無を調査すべきであつたしまた、右山口の病状如何に拘らず時間的にも十分これをなし得たはずである。然るに同代理人が右の如き当然とるべき措置をとらなかつたために右正本送達の事実を知り得ず、かくて漫然控訴期間を徒過したからといつて、それはひつ竟同代理人の過失によるものであり、その過失は当事者本人のそれと同視されるのであるから、本件は当事者がその責に帰し得ない事由によつて不変期間を遵守できなかつた場合にはあたらないものといわなければならない。
(奥野 野本 安国)